昔、犬を飼っていました。
続けて2匹。どちらもシェットランド・シープドッグ。
かわいくて賢くて、楽しかった記憶はもちろんたくさんある。
あるんだけど、最後の記憶が強すぎた。
お別れって、普通にしんどい。
いや、ほんとに。
しばらくは何をするにもやる気が出なくて、犬の動画を見ることすら避けていた。
「あぁ、もう自分の人生で、犬と暮らすことは二度とないな」
その時は、わりと本気でそう思ってました。
犬ライフ、閉幕。
それから20年。熟成された「次への願い」
それから、20年。
まさか自分の人生に、再び犬を飼うという選択肢が浮上してくるとは、1ミリも思っていませんでした。しかも昔から気になっていたゴールデンレトリバー。
きっかけは自分でもよく分かりません。
ただ、気付いたら動画サイトでゴールデンレトリバーばかり見ていた。
あの、ぬいぐるみみたいなフワフワした塊が、一生懸命に転がっている姿。
「ゴールデン、やっぱりいいな……」
一度そう思ってしまうと、もうダメ。
今回の自分には、あのお別れへの「少しの後悔」もありました。
次はもっと一緒にいたい。次はもっと、その子が「楽しい」と思える時間を増やしてあげたい。
20年経って、そんなやり場のない気持ちが熟成されていたのかもしれない。
……まぁ、本人はまだ「ただ動画を見てるだけの人」のつもりなんですけどね。
理性と欲望の殴り合い。今の生活、いける?
とはいえ、こちとら「慎重派」を自負する大人です。
かわいいだけで突っ走れるほど、若くもない。
一応、理性はあるので、冷静に今の生活を見つめ直してみました。
- 趣味が多すぎる(ジェットスキー、スノボ、釣り)
- 朝の散歩?毎日?本当に?(二日酔いの日はどうする?)
- 旅行はどうする。海外なんて、犬といる限り行けないのでは?

答えはだいたい、ここに行き着きます。
「……いや、普通に無理じゃね?」
自由な時間がなくなるのが、一番心配だった。
今の生活に犬という「巨大な変数」が入ってきたら、全てが崩壊する気がして、できないことでイライラしちゃうのがちょっと怖かった。
慎重派、気付けば「その気の人」になっていた
それでも、まずは動いてみる。
家族にそれとなく動画を見せてみたり。
ペットショップを、あくまで「下見」として覗いてみたり。
やってることは完全に「その気の人」です。
いや、もう飼う気じゃん。
っていうツッコミを自分に入れながら、じわじわと外堀を埋めていく。

「もし今、ここに犬がいたら、今日はどんな1日になっただろう?」
そんな妄想を始めたら、もう王手はかかっています。
人の気持ちなんて、本当に分からない。
……いや、自分のことなんだけどね。
とりあえず、自分なりに「本当に飼えるのか」をガチで調べる日々が始まりました。
この時はまだ、数ヶ月後に家の中が「破壊神」によって戦場になるとも知らずに。
このあと自分がどんな不安と向き合っていったのかは、
ゴールデンを迎える前に心配していたこと
で詳しく書いてます。